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看板ができた

看板を手作りですが、作ってみました。

字の歪み具合、イラってしますが、逆に手作り感が出てていいかと思うところもある。まあ、上出来だ。看板が出来て、なんだか引き締まるなあ。

明日から名に恥じぬよう気合いれて頑張ろう!!

2020年4月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 管 真一

突発性難聴

このことは、心配症の親が知ったらショックを受けると思ったので、極力伏せていました。ただ、このブログを見て、突発性難聴になった方が良い改善に繋がればと思い書きます(このブログ見た人:親には言わないでね)

 私が突発性になったのは、もう4年前。突発性難聴になる4日ぐらい前に、今まで生きていた中で最高に寝違えました。3日程経ち、「そろそろ寝違いも治ってきたから、腕立て伏せでもやるかあ」と思い、腕立て伏せをしたら、いきなり耳がキーンとしました。爆音です。これはやばいと思い、怖くなって寝ました。翌日、目が覚めたら、右耳がまったく聞こえません。これはやばいと思い、すぐ耳鼻科にいきました。治療ができる大きな病院に行った方がいいということで、紹介書をもらい、行きました。

 突発性難聴でした。高気圧酸素療法といって、飛行機に乗ったような感覚のようなところで4名前後で治療を受けます。気圧が高くなるので、耳抜きをします。半分ぐらいの人はこれで治るそうです。実際、一緒に治療を受けた人に聞くと半分ぐらいの人が聞こえが良くなっています。これを、平日毎日受けるのですが、私は不幸なことに、GW前日になったもので、1日受けた後、病院が休み(先生が休み?)1週間近く、受けられませんでした。「病気にGWなんかないんじゃー」って思いましたが、なった私が悪い。初日、高気圧酸素療法はまったく、効果なく、右耳もまったく聞こえません。

 この1週間どうしたものかと思い、ネットで調べると、鍼治療で治ったという情報を見つけ、鍼治療をしてもらい、0だったのが1割ぐらい聞こえるようになりました。GW明け、再び高気圧酸素療法を行うこと1週間、まったく効果がありません(私の場合)合間に鍼治療を2回ほど行ったら、次の日また、0.5分ずつ聞こえが良くなっていきました。でも3割ぐらいで打ち止めでした。

今では3割ぐらい聞こえるになりましたが、3割では、右からの会話は聞こえません。今でも耳鳴りは爆音がしておりますが、気にならなくなるまで2年かかりました。愛想笑いしている時は、だいたい聞こえていません。一度は「えっ」もしくは「はいっ?」って聞きなおしますが、2度は失礼になるので、聞き取れた風に接しています。

突発性難聴になる原因

一般的には、ストレスなど言われていますが、本当のところは今だ解明されておりません。

私の場合は、自分で思っているのは、血流の悪さだと思っています。ストレスもあると思いますが、食べ物だろう(甘いものが好きなもので)後は、寝違いが治ってもいないのに、腕立てをしてしまったことだ。

突発性難聴になった方へ

突発性難聴は1週間が勝負です。西洋医学だけではなく、東洋医学(鍼灸やマッサージ)もお薦めです。あとは、漢方薬。あくまでの個人差がありますので、自己責任でお願いします。

耳鳴りは、治らないかもしれませんが、気にしないことです。私は2年掛かりました。 

突発性難聴になった1週間は、仕事を休んででも治療に専念してください。よくなることを祈っています。

2020年3月24日 | カテゴリー : 病院 | 投稿者 : 管 真一

自分らしく

私には夢があります(同期のさくらじゃないけど)

いずれ自分の店を持つことです。農業はもちろん続けます。兼業農家で。

前回のブログで不安から自信になったと言いました。たぶん農業ではいずれ食べていけるようにはなるだろう。だが、店を持って成功するかはわからない。前職からずっと経営の仕事をしてきて、そんなに甘くないことはわかっている。もちろん農業も甘くない。今は自分らしく正直に生きています。

 地域おこし協力隊卒業後の1年は特に大変だった。本当によく耐えた1年だったなと思う。農家になったのに、農業をしている時間は3分の1ぐらいしかもなかったと思う。開墾(畑)改築(家)狩猟。もう少し開墾、改築には時間がかかりますが、少し気持ちの余裕が出てきて自分らしく生きているなあと少しずつ感じてきた。自分の道は間違っていないと思う。

自分らしく生きるために好きなものは好きと言おうと思う。

そんな自分の好きなこと

海外旅行・ゴルフ・お笑い 

 好きなアーティスト 槇原敬之、Mr.children、竹原ピストル、斎藤和義、aiko、矢井田瞳などなど

面白いと思うお笑い芸人:松本人志、江頭2時50分、村本大輔、島田紳助

ウーマンの村本の独演会は近々広島で開催されたら行こうと思う。3月20日行けばよかった。次回は必ず。

2020年3月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 管 真一

不安から自信に

西武ライオンズの松坂大輔がイチローを3打席連続三振に抑えた日、ヒーローインタビューで『自信が確信に変わりました』と言った。

私は今までの職でたくさんの方を面接させて頂き、たくさんの人を雇い、接してきた。おかげで随分人を見る目が養われ、雇うときでも外すことがほぼなくなった(こんな人だと思わんかったとうことがあまりない)。人を見る目がある私が、自分という人間を客観的に見たとき・・・・・・こいつはやるやつだ。不器用だし、頑固だし、すこし時間がかかるが必ずやるやつだ。あきらめが悪いからいつか成功する。

 農業をしながら自信と不安と葛藤の繰り返しだった。農地はほぼ開墾からだ。

上の写真は半分、竹林を切っている最中の写真。せっかく開墾したとおもったら豪雨災害の土砂で三分の1は埋まるし。心が折れそうになりながら、約4反ほど植えるところを確保した。

まだまだ、あと2~3反ほど開墾しますが。昨日振り返ってみたら、随分開墾したと思う。多分、ほとんどの人は投げ出すかもともと手を出さないだろう。ある意味変態だ。

松坂みたいに確信まではいきませんが、不安から自信に変わりました。これも土地を貸して頂いた方や多くの人のサポートのおかげです。ありがとう。

2020年3月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 管 真一

池江璃花子

池江璃花子が退院して、プールに入り始めたそうだ。

とてもよかった。白血病と聞いてなんでこんな素敵な人が苦しめられるのだろう!この子は日本の宝だ。この子を死なせたらだめだ、実力もさることながら、人柄が素晴らしい。どうにか助けられないか?そう思ってすぐにドナー登録をした、

昔から親に身体は神様からもらったものだから、臓器提供、体に傷をつけることはやめなさいと言われていた。そう言われていたが、助けなきゃいかんそう思って、すぐに登録に行った。ついでに死んだ時、臓器も提供するのも登録しておいた(母さんごめんなさい)。その時にいろいろわかったことが、骨髄バンクって誰が誰に提供したかわからないそうだ。日本ではないそうですが、海外では命も落とすことがあるし、提供後2~3日は体調が悪くなるそうだ。別に金銭を要求するとかあるわけでもないのに。「ありがとう」という言葉が聞ければいいだけなのに・・・。血を提供するのとはわけが違う。人の命が直接助けるのだから。登録者が増えないのは、こういうところなのかと思う。

 池江璃花子を助けたいそう思って登録したので、ドナー登録を解除しようか悩んでいる。

2020年3月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 管 真一